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GOSTO 2019年10月の来日ツアーでの日本初インタビュー!!

オランダ出身のシンガーソングライター、GOSTO(ゴスト)。ジェームズ・ブレイクやフライング・ロータスが引き合いに出され、収録曲"My Bad"がSpotifyにおいて200万回のストリーミング再生を記録した、色鮮やかなデビューアルバム『メモリー・アイヴィー』から3年。卓越したサウンドに、前作以上にソングライティングの円熟味が増したセカンド・アルバム『ワット・ドゥー・ユー・ミーン・ユー・ニード・ア・カラーティービー』とともに、GOSTOが日本に帰ってきた。2017年9月の初来日公演では、Shibuya Showcase Festを含む4公演で多くの観客の心を掴んだ彼。2019年10月、東京、大阪、京都、名古屋の4都市を巡る日本ツアーの最終日、三軒茶屋グレープフルーツムーンでのパフォーマンスを控えたGOSTOに話を聞くことができた。折しも日本列島は巨大な台風19号が過ぎ去ったばかり。関西方面への移動が出来ず、人通りのない渋谷を体験したと語る彼は、日本の印象や、音楽との向き合い方を話してくれた。


ーーあなたにとって2度目の来日公演ですが、台風19号にはさぞかし驚いたことでしょう。

思えば、あんなに大きな自然災害を体験したのは僕にとって初めてのことだったと思う。環境問題について考えさせられたよ。僕の国オランダは表面積の大半が海抜0m以下の低地の国だから、特にね。台風の日、関西への移動が出来ず、東京に残ることになった。滞在先の渋谷の様子には驚いたね。前回(2017年9月)に来日して初めて渋谷に行った時には、人が多すぎて真っ直ぐ歩けないほどだったのに、今回は見捨てられた街みたいに人通りがなくて。で、センター街には何百匹ものネズミがいたんだよ!通りを走り回ったり、食べ物を探したりしていて、街全体がネズミに乗っ取られたかのようだった。
その様子を見ていて、この光景は僕の最新アルバム『ワット・ドゥー・ユー・ミーン・ユー・ニード・ア・カラーティービー』の一番最後の曲“Mess”のMVにぴったりだと思って、すぐに撮影を始めたんだ。この曲は、時として人生にはクレイジーな出来事が起こる、というテーマで作った曲で、あの光景はまさに非日常だった。強大な力を持った存在が、渋谷を行き交う大量の人間達を魔法か何かでネズミに変えてしまって、それでパニックになったネズミが街中を駆け回る……ってシナリオまで思いついたよ。

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ーー日本で、特に印象に残っている場所はありますか?

前回のツアーで日本に来た時、夜の下北沢を一人でふらふらしていたんだけど、あのエリアは好きだね。歩いているだけで、バーの音楽やライブミュージックが聞こえて来て、東京の音楽シーンの多様さや大きさが印象に残ったよ。


ーー今回の来日滞在中、日本人アーティスト(Nenashi)とスタジオセッションの機会があったと聞きました。

とても良い経験だったよ。origami PRODUCTIONSがアレンジしたもので、本当は12時から17時までの予定だったけど、盛り上がって20時過ぎまでセッションしていた。スタジオ環境も良かったし、円滑にコミュニケーションできて、普段自分がアムステルダムで行なっているような、他のアーティストとスタジオで曲を書いて、出来立ての曲をその場で演奏して……というセッションが、ここ日本で実現したことをとても嬉しく思った。ここでのセッションは、僕がアムステルダムでベニー・シングスと一緒に作曲をする時を思い出させてくれたよ。ベニーと一緒に曲を作る最大の理由は、彼は僕の作る楽曲にポジティヴなエッセンスを加えてくれるから。今回、ダークなビート音楽を作るNenashiを見ていて、過去の自分の作曲スタイルを見ているようだった。今回のセッションでは、彼には普段の彼の作曲スタイルとは異なる方法、異なるエッセンスを体験して欲しかったから、お互いの作曲スタイルを見せ合ったり、彼のスタイルにはない要素を提案したりした。過去にベニー・シングスが僕にしてくれたことを、今回僕がベニー・シングス役になってNenashiに見せる、って感じだった。


ーー今回のセッションで生まれた楽曲は、いつか我々も聞くことができるのでしょうか?

そう願ってるよ!公開するためにはお互いもう少し作業が残ってるけど、2曲はほぼ出来上がっている。


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ーーでは、あなたのバックグラウンドに関して教えてください。音楽活動を始めたきっかけはなんだったのでしょう?

僕はピアノがある家で育った。6歳のとき、母からピアノを教わったんだ。鍵盤を一つずつ押しては、音の反響に耳を澄ませるのが大好きな子どもだった。数年経った誕生日に、母が今度はアコースティック・ギターをプレゼントしてくれた。その後、10歳の頃学校のオーケストラ・バンドにドラマーとして参加して……という風に、色々な楽器を習得していった。ティーンの頃はニルヴァーナ、バッド・レリジョン、ピストルズみたいなラウドなロックに夢中で、その後はジミ・ヘンドリックス期があって、ソウル音楽も聴き始めた。その後、アムステルダム音楽院でギターを学びながらジャズも掘り下げていった。こうして色々な楽器を習得し、色々な音楽と触れていく中で、楽曲制作も始めたんだ。


ーーあなたは普段、どのように楽曲制作を行っているのでしょう?

アナログテープに自分の演奏を録音して、それをオーヴァーラップする形で作る。曲を作るとき、まずはギターを手にすることが多いかな。ギターでメロディを作り、PCでビートを作り、その後アクセントになるものをベースやキーボードなどで演奏し曲を肉付けしていく。うん、僕の楽曲制作プロセスはだいたいそんな感じだね。


ーーあなたのアーティスト名”GOSTO”はどういう意味なのでしょうか?

“GOSTO”は僕のアーティスト名であり、僕の本名のミドルネームでもある。僕は、オランダ第二の都市ロッテルダム近郊のポルトガル(Poortugaal)という町で生まれたんだ。僕が生まれたとき、4歳年上の兄が僕のミドルネームの名付け親になりたい、と言って”Gosto”という言葉を選んだらしい。興味深いことに、これはポルトガル語で「良い嗜好」「好き」という意味の単語なんだよね。でも、僕の身内や周りにポルトガル語を話す人はいなかったし、兄は当時のことを全く覚えていないし、真相は闇の中だよ(笑)


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ーーあなたの2作目にして最新作『ワット・ドゥー・ユー・ミーン・ユー・ニード・ア・カラーティービー』について聞かせてください。前作より、人間味や繊細さが増したように感じました。

前作『メモリー・アイヴィー』は、フライング・ロータスをはじめとしたエレクトロ・ミュージックにインスパイアされて作ったアルバムだったけど、今作はもっと「歌」に主眼が置かれた音楽を作りたかった。スティング、ピーター・ガブリエル、ブルース・スプリングスティーンのような、心に響く普遍的な音楽をね。前作はとにかく「音」を重視していて、今まで聞いたことがないクリエイティヴな音を生み出したいと試行錯誤した作品だった。今回は、より「歌」にフォーカスした作品になっているよ。


ーーあなたが発表した2枚の作品は、どちらもオランダのポップ・マエストロ、ベニー・シングスとの共同プロデュースにより制作されています。彼とはどのように出会ったのですか?

子どもの頃から彼の音楽のファンでね。知り合いに、僕を甥っ子のように可愛がってくれていたAardvarkというDJがいて、彼はベニー・シングスとレッドノーズ・ディストリクトというプロジェクトを一緒にやっていたからベニーとは知り合いだった。その縁で、ベニーに挨拶をしたことがあって、夢のような出来事だった。その時はそれきりだったけど、それから15年後、僕がレコードを出すことになって、僕のマネージャーが、僕以外にもう一人のアーティストのマネジメントを手がけることになった。それがベニー・シングスだったんだよ!マネージャーを通じて自然にベニーとも話すようになって、彼も僕の作る音楽に興味を持ってくれて、たくさん助言をしてくれた。彼は本当に忙しい人だけど、次のレコードも是非彼と作りたいね。


ーーあなたが今本拠地にしているアムステルダムの音楽やカルチャーのシーンについて、どう思いますか?

僕はアムステルダムに10年近く住んでるけど、コマーシャルな印象が強いな。ヒップホップを聴いてる人が多くて、僕と同じような音楽を作ってる人はいないから、少し孤立している気分。だからといって、僕と同じような音楽を作る人ばかりの街に行けば、僕は今とは全然違う音楽を作り始めるだろうね(笑)。いつだって、オルタナティヴなものが好きなんだよね。

(インタビュー:山口詩織)
[ 2019/11/30 17:21 ] 活動情報 | TB(-) | CM(-)